日記・コラム・つぶやき

2011年4月 6日 (水)

もう後には引けない

先日米が手に入らないとここで嘆いたところ、僕の彼女のお母様と僕&彼女のお友達(の実家のおすそわけ)がお米を送ってくださいました。

僕は普段5kgまでしか米を買わないんですが、おかげさまで今ウチには今だかつてない量のお米があります

で、せっかくいただいたお米は大切に食べないといかんなと思いまして、レトルトカレーなんか食べたらオマエなに人が送った米をレトルトカレーなんぞに使ってんだコラなんて思うじゃないですか。

いや、考えすぎだと思われるかもしれませんがホラたとえばお友達の家にお邪魔する時におみやげ持ってくじゃないですか。それでちょっとお高い箱チョコをあげたとします。自分が大好きなチョコブランドから一番おいしそうなのを選んで、本当は自分で食べてしまいたい気持ちを抑えながらも相手に渡します。おいしく召し上がっていただければ幸いですという気持ちを込めてお友達に贈るわけです。

で、後日そのお友達がチョコのお礼を言います。「あ、こないだのチョコ、ありがとう~!ホラ、バレンタイン近かったじゃない?だからあのもらったおいしそうなチョコ溶かして~手作りチョコにしたの!ちょっと失敗しちゃったけど・・・でもそれなりにおいしかったよ!」

・・・・・・・・・・・・・・。

オマエなに余計なことしてくれてんだそのままいけばよかったじゃん一番おいしいありのままの姿で食べればよかったじゃん!!!!!!!ってホラ今チラッと思ったでしょ!!!!!!!!

もらったものは、一番おいしい状態で食べてこそ、感謝の意を示すことができるのではないかと思いました。だからレトルトカレーなんてサトウのゴハンで食べればいいんです!!もらったお米は、ちゃんとした手作り料理でおいしくいただくべきなんです!!!

ということでカレー粉から、一からインド風カレーを作ってみました。

Ca6tk529

そしてそれに伴い、「料理とか一生しないんだろうな」などと思っていた一昔前の自分からは想像もつかない光景がキッチンに現れました。

Caz01z7l

・・・よくわかんないスパイスの小瓶が!!!ガーリックとバジルはともかく、ガラムマサラとローレルが味にどう作用するのか今だにいまいちわかりません!しかしこの小瓶をもっといっぱい集めてみたいというS&Bさんの術中にバッチリハマっています。もうレトルトカレーは食べれないでしょう。

ということでいただいたお米はメチャメチャおいしく食べてます。そして料理の腕を上げるための糧として確実に僕の体内で息吹いています。ありがとうございました!

Ca1g83mu

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月19日 (土)

励ましにはクリスピークリーム

金曜に、一週間ぶりに働きました。うちのランゲージセンターは営業時間を狭めての再開でしたが、その日は6レッスン教えました。

しかし原発の事態への懸念から、国外退避する教師が後をたたず、ランゲージセンターによっては通常業務等夢のまた夢です。うちのランゲージセンターは日本での生活に親しみを持っている教師が多いようで、ドイツ人とイギリス人、一人ずつの帰国で済みました。というか残った教師に「サイモンは帰んないの?」とか聞いて見ても「帰る人の気持ちがわからん。」「日本に彼女いるし」くらいのとても冷静な反応でした。しかし会社全体では教師不足が深刻で、今週末から来週の火曜にかけて営業困難との判断があり、また休業になりました。なんか他のランゲージセンターでは12人いた教師が今ではONLY ONEになっているところもあるようです・・・ちょっと過剰に反応しすぎでは・・・・とも思ってしまう。たしかにニュースの原発関連のニュースを鵜呑みにできないのも事実ですけどね・・・

ということで金曜は教師達は普段よりはだいぶのんびりした労働量でしたが、スタッフは大変です。レッスンの予約を入れている生徒さん全員に電話で休校のお知らせをして、お詫びをし、関係各所にこれからの段取りを連絡して・・・先日書いたように、スタッフのうちの一人はご家族が岩手で非難生活をしているという事態です。でも一人でじっとしているより、仕事をしていたほうが気が紛れるということで、がんばって働いてくれています。・・・僕に業務で手伝えることはあまりないのですが、どうしても力になりたい。そこでお昼のレッスンが終わった瞬間、僕は渋谷に向かいました。

疲れている時、ストレスが溜まっている時、食べたいものはなんだ!!!!

誰だって同じだ!!!! それはゲロ甘スイーツだぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!

渋谷のクリスピークリームに入り、12個入りの箱を二つ購入。

がんばってるスタッフさん一同のために、見た目にも楽しげなこれ↓

Smile

「お仕事がんばってください」とドンッと受付のデスクに置くと異様に喜んでくれました。普段旅行とか行っても同僚用には絶対におみやげ買ってこない心遣いZEROな僕がいきなりドーナツくれたのが付加効果を生み出しました。ご両親が大変なスタッフさんは箱の中身を見ると、泣き崩れてしまいました。・・・・差し入れというのはこういういざという時にするべきですね。よし、これからもケチを貫き通そう

仕事がなくてのんびりしてる他の教師にはこれ12個↓

Original

仕事ねぇキサマらはこのなんのカラフルさもくそもない方を食べてろ

営業終了時間にはドーナツは全てなくなっていました。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年3月14日 (月)

地震後週明け

僕の会社は全体の業務を土日の間、停止していたのですが、月曜から通常業務に戻る、との発表でした。

僕は会社の近くに住んでいるので出社自体に問題はないのですが、時間帯運休が各線で昼から行われるので、毎週月曜にある他企業への訪問レッスン、それに支障が出そうだなと思いながら、出勤。

ローカル線の世田谷線は特に問題なく動いていましたが、三軒茶屋駅に着くとそこには駅いっぱいの人が。電車自体は5割程度の本数で動いているようですが、人の列はぴくりとも動きません。都心に向かう沿線なので、前の駅、その前の前の駅、その前の前のMAENO・・・で同じような状況なのでしょう。一緒に三軒茶屋駅まで出勤してきた彼女は、あきらめて徒歩&バスで会社に向かうことに。ああ・・・またあの遠路を歩かせるのは忍びないですが、花粉症対策用の3Dマスクを着けてニワトリのような顔になってコケコケ歩いて行く後姿を見送りました。

会社に入ると、節電のため電気はついていない。スタッフ一名と、上司がすでに来ていました。

スタッフさんは、お住まいは三軒茶屋なので仕事には来れましたが、かわいそうなことに実家が岩手。彼女の実家は全壊したそうですが、ご家族の安全は確認できたとのことで、よかった。「家族が生きていただけでも幸せです。」と。ああ・・・・こういう時はなんと言えばいいのか・・・・日本語だとわからない・・・・使い慣れない慣用句を使っても気持ちは伝わらないし・・・・

レッスンを行うにしても、スタッフも教師もレッスン開始時間に出社できるかの見込みがむずかしいため、とりあえず水曜まで休業することにしたと、上司が教えてくれました。スタッフさんも、関係各所に電話でその旨を伝えた後に、帰るそうです。

ランゲージセンター内は金曜に緊急避難をしたままの状態だったので、少し後片付けを手伝ってから僕も帰路につきました。

2、3日分の食料を買っておこうと思い、帰りにSEIYUに寄りました。

すると同じ考えの人が大勢いて、すでにペットボトル飲料の棚はほぼからっぽ。コーラとファンタくらいしか残ってない。野菜も緑黄色野菜を中心にほぼ売り切れ、卵は全滅、米も全滅、カップラーメンは当然のごとく全滅。家は米はあと2食分くらいしか残ってないな・・・・

そこでお米がなくてもおいしいもので、少ないレパートリーの中から自分が作れるものは何かと考えた結果、シチュー系だと結論。ホワイトソースと、玉ねぎのみじん切りが入っているトマト缶を2缶ずつ買いました。ソーセージ、豚肉、たまねぎ、じゃがいも、ねぎ、レタス、野菜ジュース、インスタント味噌汁など手に入るものを買い、帰ってきました。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011年3月11日 (金)

地震の爪あと

3月11日

午後 1:15

朝の6レッスンを終え、夕方に教えるクラスまで時間があるので、一旦家に帰ることに。

午後 1:30

一時帰宅し、昼食を取る。

午後 2:35

赤壁で魏軍の大群を火計にて退ける。買ったばかりの真・三國無双6で

C5b91a6f

午後 3:00

ゲーム中に少し強い揺れを感じる。遊ぶのを止め、危険な揺れかどうかを5秒ほどかけ判断する・・・・・・・・・これはヤバイ

すぐさまゲームを消し、手の届く電化製品の電源を落とす。その間にも揺れは横に大きくなる。物や建物のきしむ音。家には壁や天井に落ちてくるようなものは無い。ただ唯一、本棚の中の大量のバガボンドと銀魂がバサバサと床に落ちる。ああ!!!聖☆おにいさん1から3巻もやられた!!!!しかし落ちた巻数を数えられる余裕も、いっこうに収まらない強い揺れによる恐怖感によって奪われる。一番激しく揺れて今にも倒れそうなテレビを左手で押さえ、すぐ隣の本棚を右手で押さえ、一昨日修理から帰ってきたばかりのプレステ3を左足で押さえる。うおおおおおまた12000円もの修理代を払ってなるものか!!生きろ!!プレステ!!!!お前は生きるためにこの家に帰ってきたんだ!!!!

何秒経ったかわからないが、揺れはとにかく長く、強い。プレステを足で押さえ始めたあたりからすでにニュージーランドの大地震のニュースが頭によぎっている。家具とプレステの尊い命を支えながら次によぎるのは、彼女の安否、なぜか今朝教えたばかりの生徒さん達の安否、鎌倉に住む父親の安否、そして揺れがようやく少し弱まった頃に、「ちょうどセーブポイントで地震が発生したのが不幸中の幸いだった」という、自らを冷静にさせる自分でもくだらないと感じる考え。本震が過ぎた後も、僕の家はグラグラと揺れ続け、まるで穏やかな波の上の船に乗っているよう。

その後も強い余震と、新たな地震、そしてまたその余震。

午後3:20

台所のガスの栓を一応閉め、テレビをつける。呆然としてしまい、テレビを眺めるくらいの気力しかなかった。これが気疲れというものか。彼女に電話するが、繋がらない。ネットは生きていたので、ツイッターで無事を報告。

午後3:40

我がベルリッツ校は大丈夫だろうか。倒壊はしてないだろうけど、わりと古いビルだからな・・・ものとか落ちて大変だったろうな・・・・・・・・・・・・・ハッ!!!!4:45からキッズクラスが!!!!!

まだ時間にだいぶ余裕があるが、ニュースによると関東の電車は全て止まっているので・・・これは・・・・・歩いて行かなければ!!!!ということは・・・準備時間も含めると今出なければ!!!!!

僕は、駆け出した。競歩で

待っていろ、キッズたち・・・・・先生は今いくぞぉぉぉぉぉぉ待っていろぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!!

待っていませんでした

まあそうだろうね。それどころじゃないよ。エレベーターは止まっていて、また強い地震や余震が来ると危ないので、その日のレッスンは全てキャンセルになりました。社員はあまり慌ててはいませんでした。さすが日本人。しかし去年来日したばかりのイギリスからの新任教師君はこんな地震経験したことないので、かなり浮き足立ってました。

午後 4:45

なんと4歳のキッズの男の子二名が、お母さんと一緒に来てくれました。

キッズ:「Hello~!」

僕:「Hey, were you ok?」(大丈夫だったー?)

キッズ:「OK~」(だいじょぶー)

僕:「Were you scared?」(こわかったー?)

キッズ:「Not scared!」(こわくなかったー!)

僕;:「Really? I was scared to death.」(マジでー?先生死ぬほどこわかったよ)

という会話をした後、今日は大事を取ってキャンセルだと伝えられたお母さんに連れられて、帰っていきました。元気そうな顔を見れただけでも、徒歩20分の距離を12分くらいで歩いてきた甲斐があった。来る途中、近くのカラオケ店のビルの壁が一部ヒビが入ってました。危ない・・・・・・

この地震を経て、少し考えさせられました。

自分がたまたま家にいなかったら間違いなく倒れていただろう大型家具。・・・固定しよう

彼女と連絡が取れないことで煽られる不安感。・・・災害時の集合位置、連絡方法を決めておこう

わずか12分の距離を競歩しただけで僕の両の脚を襲った尋常じゃない筋肉痛。・・・運動しよう

東京は死傷者がたくさん出るような被害はありませんでしたが、震源や海岸線の被害はひどいと今ニュースで言っています。震源じゃない東京でも地震の間、あんなに心細い思いをしたのに、震源近くでの恐怖は想像できません。ニュージーランドの地震は他人事じゃないと頭ではわかっているつもりでしたが、身を持って、改めて他人事じゃないと感じました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年3月 9日 (水)

上海旅行10

最終日。

帰りの飛行機は夕方なのでまだ行ってなかったあのタワーへ。

Tower

この至近距離でも霞むほどの霧と排気ガス。

東方明珠電視塔という名前らしいのですが、1994年に完成したものだそうです。1994年でこんなでっかいもの建てたってすごいなと思いました。

電視塔の下の人の数もすごいなと思いました。

どうやら中国の地方から 訪れる人は、例えば僕たちのような海外からの観光客とは違って、こういう中国の発展の象徴のような観光スポットの方が目当てなようで、とんでもない混雑模様でした。

で、人混みに疲れてしまったため、空港に向かう前にお茶休みをすることに。休憩できる場所を探しにすぐ近くのデパートに寄ったのですが、デパートの敷地に入った瞬間、観光客らしき人の姿がサッパリ消えました。静寂。

東京だとどこに行ってもまんべんなく混んでいて、どんな人もわりとどんな所にでも入れます。しかし上海ではデパートなんかは高所得者のみが入る場所、みたいなことなんでしょうか。旧正月だということもあるんでしょうが。

2009年の段階で上海の中国人の平均月収は、3565元、およそ45,000円。デパートにはそんな平均月収の1/4、1/2みたいな価格の商品が置いてあるんですかね。

上海内の所得の格差が目に見えて実感できましたが、中国人の所得は毎年およそ10%というものすごいスピードで上昇しているようです。そのうちデパートも人でいっぱいになるんでしょうね。

東京では入ろうとも思わなかったホテル、リッツ・カールトンのカフェへ。50何階かにあり、眺めがよさそう、ということで母が案内してくれました。おお、さすがリッツカールトン、内装がとてもキレイ!カフェは広々として、天井は高く、窓もでかい!

・・・まあ空気汚染でそんなに遠くは見えないんだろうなとは覚悟していましたが、それ以前にリッツカールトンの窓、汚い

4684669990_ae0b34dd7c_z

・・・これは実際の写真ではないのですが、まさにこんな感じでした。そういえば泊まったホテルも、眺めがよくないので逆に気にならなかったんですが、あの窓もばっちり汚れてたな・・・・・というか全体的に上海にある高層ビルは壁と窓全部くすんでたな・・・・・・・・細やかな気配りができる日本が少し恋しくなった、最終日でした。

そういう細かいことは気にしないからなのか、あまりに発展が速くて新しいものがバンバン建てられる中、窓拭き等のために立ち止まってはいられない!みたいなことなのかわかりませんが、同じ大都市でも東京とは似ているようで、違う。共通点や相違点に気づくたびに面白いと感じた、そんな旅行でした。

完。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月27日 (日)

上海旅行9

博物館を満喫した夜、恐怖の全身マッサージ苦行へ。

初日に行ったフットマッサージのお店は、観光客向けということで英語も通じましたが、今回のはローカルの方御用達なので英語はほとんど通じません。

料金はマッサージ師の腕によって上下するようで、せっかくなので一流の方にやってもらうことに。一流だろうが二流だろうが痛いだけで終わるのは目に見えている。

母と彼女と僕の三人で行ったのですが、母は全身マッサージは苦手らしく、別室のフットマッサージのみを希望。彼女は全身マッサージを希望。・・・・では僕は入り口待機を希望☆

中国語が全く話せない彼女を一人でマッサージさせるわけにも行かず、僕の希望は星になりました。

彼女と一緒に全身マッサージ室に連れて行かれました。母は一人でフットマッサージ室へ。

マッサージ師が二人入ってきて、中国語で何か聞いてきました。

・・・・・あ、30分コースか一時間コースか・・・・?・・・・・あ、始める前にお茶飲んでおきますか・・・・・かな・・・・?ギリギリ理解できましたが、もう先行き不安です。

マッサージに来る前にiPodに入ってる中国語講座・旅行編で「ちょっと痛い」「気持ちいい」だけばっちり予習してきたので・・・・前者が多めに口から出ました

しかし開始10分くらいから、なんか僕のマッサージ師さんが、「ファーシュー ファーシュ」言うてくるんですが、あいにく意味がわからない!

「すみません、ファーシューの意味がわかんないです」と言ったら、マッサージ師さんは、どう言うべきか少々考えた後、英語で「Relax!」

・・・・・残り50分間、全身全霊でRELAXしましたが結局合計10回くらいファーシュー言われました

続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月23日 (水)

上海旅行8

次の日のメイン、というよりこの旅行の目玉となったのが、上海博物館。

博物館~~~?そんな恐竜の骨とか見せられて「ふーん」くらいしか感想出ないような場所が目玉~~~~?

期待度コカコーラZERO状態で入館しましたが、そこには色々な驚きがありました。

Museum1

Museum2

Museum3

なんと、フラッシュさえ焚かなければ撮影OK!!!!なんとぉぉぉぉ2日前から観光しながらずっと思ってたんだけど撮影禁止の場所を見つける方がむずかしい都市、上海。日本だったらどこもかしこもケチケチケチケチ・・・これが中国という大国だから成せるおおらかさなのでしょうか・・・・!お店の中で、「写真撮ってもいいですか?」って聞いたら「ん?いいよ。なんでそんなこと聞くの?」みたいな感じだったもの!

いっぱい撮りましたとも!

Museum4

↑とてつもない数の仏様らしき方が彫られまくった彫刻。

Museum5

↑要塞のような小物入れ。今で言う見せる収納。

古いものなのにものすごくかっこいいデザインの展示品がたくさんありました。

で、さらに驚いたのが展示品の古さ。

Museum6

展示品の半分は、FROM紀元前。紀元前6000年~2000年!?!??それでこんな精巧なものが作られてたのか中国は!!!!展示品の名札にいつ頃からのものかってもれなく書いてあるけども、もうね、紀元前を表すBCが年号の後ろについてないと恥ずかしいみたいなね、そんな気にもさせるくらい本当に古いものがたくさんありました。

「え?なに?おたくBCついてないの?え?AD!?西暦!?!??えーーーー!?そんなんで博物館入っていいんだーへーー!」みたいなね。こんな博物館に平安時代からの日本のアートを置いてみなさい。もうベイビーのハンドをつねられちゃいますよ

Museum7

↑紀元前の硬貨は青銅等で作られていたのですが、いつからだったか覚えてませんが金と銀の硬貨もありました。多少銭(ドゥォーシャオチェン)(おいくらですか)!?!?

中国のすごさを肌で感じた上海博物館、オススメです。

続く。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011年2月18日 (金)

上海旅行7

夜は上海雑技団の中国雑技ショーへ。

ここでもまた、ものすごい数の中国の内陸部から来たであろう観光客がいらっしゃいました。

どうやら国営っぽい雑技団なのですが、雑技をかっこいいライティング等の演出で彩ったり、バックの音楽も全て生演奏だったりと、とても迫力のあるプレゼンテーションで感心しました。

雑技なので観客が驚くようなことをやるものだと分かってていても、いちいち声が出てしまうくらい驚かされました。

こんな感じ:

ついつい「いやいやいやいや危ないから!危ないよ!」と基本的なつっこみが口からつるっと出てしまう興奮ぶりでした。観てよかったと思えるショーでした。

見終わった感想:

.

.

.

.

.

.

そりゃオリンピック勝つわ

続く。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2011年2月16日 (水)

上海旅行6

人気ショッピングスポット・新天地でお昼ご飯。

ここまで上海で4箇所のレストランで食べましたが、ここで気づいたのが、

料理によって当たりはずれがある

例えばチマキとか豚の角煮はどのレストランでも「おお!うまい!」と思える味ばかりなのですが、野菜の炒め物等は・・・・・・「あ、おいsh・・・・おい・・・しぃ・・・?」

おいしいと見せかけて時間差でくせのある味を叩き込んでくるフェイント攻撃を披露してみせます。

しかしそんな中、日本でも出店している台湾系レストラン・鼎泰豊(ディンタイフォン)だけは違いました。何を頼んでも美味しい料理、行き届いた店員教育。安心してご飯できるので結局上海滞在中に2回行ってしまいました。味は日本の鼎泰豊の比ではありません。特にショーロンポウの皮が薄く、スープもたっぷり入っています。日本の鼎泰豊のショーロンポウはなんか皮が分厚くてその分スープも少なめ、みたいな印象です。

Chno2_1

上海の新天地の鼎泰豊は特によかったです。

続く。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2011年2月13日 (日)

上海旅行5

豫園を出た後、母が上海の一般的な住宅エリアまで案内してくれました。

そこは、有名ホテルが立ち並ぶエリアのような華やかでモダンな上海ではなく、洗濯物もアパートの窓を大きく飛び出して干され、歩道で堂々と洗濯する人もいる、生活感がぷんぷんする場所でした。

Apartments

すぐ近くに中華焼きそばなどを売る露店が立ち並ぶエリアがあり、ローカルフードの独特な強い臭いと、何から来ているのかわからない強い臭いなどが混じり、ここまで訪れたスポットに比べると正直居心地がいい場所ではありませんでした。

上海が初・国外アジア体験だった僕の彼女は、こういう場所に免疫がなく、10分歩いた時点でかなり参った顔になってしまいました。僕は以前台湾に行った時、台北の夜市に行っていて、その時の露店フードの臭いの方がきつかったので、彼女ほど滅入らなかったのですが・・・

すぐにそこを出て、別の観光・オシャレショッピングスポット・新天地というところにタクシーで移動。上海のタクシーは安いです。初乗りは100円以下です。

Shintench

彼女の笑顔が戻りました

| | コメント (0) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧